オタク娘ヒガハラによる『幻想楽団 Sound Horizon』の話題がメインなブログ。 他、谷山浩子さんや漫画の話なども少々。
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どうもこんにちは。はぐれサンホラーです(はぐれスライムのノリで)
リンホラの記事を書く前に、とりあえず頭の中でまとまった、Marchenにおける左右対称についての記事を投げておきます。




さて。Marchenです。Marchenといえば左右対称です。

宵闇の唄
火刑の魔女
黒き女将の宿
硝子の棺で眠る姫君
生と死を別つ境界の古井戸
薔薇の棺で眠る姫君
青き伯爵の城
磔刑の聖女
暁光の唄

見事な左右対称です。
左右で分かれるとなると、
5曲目の生と死に引っかかってそこで二極化しようと試みたりもしたのですが
ここは一息落ち着いて、単純に左右について考えてみようと思います。

対称的な各タイトルについては、古井戸をのぞきわかりやすいと思います。
宵闇と暁光…暮れていく夜と夜が明ける光、プロローグとエピローグ。
火刑と磔刑…魔女にされた人と聖女にされた人。
女将と伯爵…親しい(愛いしていた)人に裏切られた末の因果応報。
硝子と薔薇…棺に眠る姫を呼び覚ますのは王子様。

そしてもう一つ、このタイトルには対称があります。
いやむしろ、対照とすべきでしょう。
左のグループと右のグループです。
各曲は何がメインになっているかを考えてみると
・火刑…捨てられた子が捨てた母に復習する話
・女将…売られた田舎娘が、自身を拾った末見捨てた女将に復讐する話
☆硝子…美しさを妬まれ殺されかけた姫が、殺そうとした継母に復讐する話
※古井戸…父親を恋しく思う娘が、義母と異母妹に殺され復讐する話
☆薔薇…八つ当たりで眠らされた姫が、呪いをかけた復讐する話
・伯爵…浮気をして殺された妻が、愛してくれなかった夫に復讐する話
・磔刑…望まぬ縁談を断り、恋愛に殉じた

さて、ここでポイントになるのが、☆マークをつけた棺組です。
この二つの共通点は「王子」ですが、王子の扱いについてみてみましょう。

硝子でのメルヒェンの台詞は以下の通りです。
「成る程、それで君は騙されたわけだね。ならば、ある男の特殊な性癖を、君の復讐に利用してみようか。ではもうしばし、運命の相手は、夢の世界で待つものさ」

そして薔薇ではこうです。
「成る程、それで君は野薔薇に抱かれたわけだね。目覚めへと至る口付けがほしいのかい?だが残念ながら、私は君の王子様じゃない。もうしばし、運命の相手は、夢の世界で待つものさ」

つまり、硝子における王子様は「継母への復讐に利用する」相手であり、
薔薇の王子は「目覚めへと至る口付け」を与える相手なのであるのです。
そうした上で見えてくるのが、古井戸より宵闇側のグループが「母親的な女性への復讐の物語」であり、
暁光側のグループが「恋愛と復讐が織り成す物語」となるのです。

そこでやはりキーとなるのが、※の古井戸に関してです。古井戸は両方のファクターを持っていながら、一見してそれらの関連性が見えてこないという特殊性があります。
まず、母子の復讐モノという見方はすぐにわかります。井戸に落とした糸巻きに対して、「潜ってでもとってきな、じゃなきゃ晩飯は抜きさ」と脅され継子は井戸に飛び込みます
しかし、彼女からは継母に対する執念はあまり見えません。むしろ彼女の執着は、「私は今日も お父さん 頑張るよ」「どうしよう お父さん 今そっちに行きます!」等と、常に父親に向かっています
SHにおいて、父と娘の(擬似的)恋愛は、Elysionで強く取り上げられているので、これも一種の恋愛と復讐劇ととることもできます。
が、一筋縄ではいきません。古井戸の後の3曲は、恋愛面においてある種「めでたしめでたし」ということができます。野薔薇姫は王子の口づけによって目覚め、青髭の先妻は夫の悲劇を終わらせ、エリーザベトはメルと再会しました。しかし、継子の父はもう亡くなっており、古井戸に飛び込んで出会ったのは屍揮者(少なくとも、継子は父を重ねなかった)。しかも復讐相手は継母でも父でもなく、「怠慢な態度が貴女の罪よ、自業自得だわ」と怠けて自分に仕事を押し付けてきた妹を選びます。……継母が溺愛していた義母妹を選んだという、遠回しな復讐とも取れますが……。

あからさまな「シンボル」とされ、境界線ともいえる「生と死を別つ境界の古井戸」が、メルヒェンを自分の中で理解する鍵であると再認識したのでした。
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【2012/09/29 09:32】 | 楽曲考察
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ようやく考察に突入!!

著作権法に基づく範囲での引用を行います。
以降に出てくる『』の中は、「光と闇の童話」からの引用になります。
また、不明な歌詞・台詞はクロニカ学習帳様の考察掲示板を参考させていただきました。


さて、私の考察の方法はとりあえず前から順に理解していくという、ややもすると乱暴な方法(笑)です。

冒頭でいきなり「そして歴史だけが残った」
← つまり「イドへ至る森へ至るイド」は歴史に残らなかった部分の物語。の可能性があります。

そして、子供たちの声。
「遅いよ兄さん!」「おそっ…うわぁぁぁん」「ごめんよー、痛かったなぁ」
など、推測するに3人兄弟でしょうか。
「井戸のとこになんか落ちてる!」
PVではここで絵本が出てきます。光と闇の童話です。
そして、本がバラバラとめくれる音→羽ばたき・カラスの鳴き声と続きます。
その後に、少年と少女の声。PVからするに、限定版の少年と少女でしょう。

ここでひとつ思うのが、本編の内容も含んでしまいますが、舞台の森は大の大人が「気味が悪い」という森です。
後半の少年は、ここに住んでいる人物なのでその森が平気なのはわかりますが、前半の子供たちはなぜいるのでしょうか。
つまり、ページがめくれる前→現代、ページがめくれた後→童話の中(もしくは、童話の舞台当時)なのではないでしょうか。


さて、和やかな少年少女の会話が一転、叫び声ととも本編が始まります。


『見上げれば丸い夜空 揺らめく蒼い月夜』
PVからするに、井戸の底から見上げている状態。丸いのは井戸の縁、揺らめくのは水面を通しているからでしょうか。

『奈落の底で唄う』
歌っているのは誰か?通例なら歌い手であるRevo氏扮するMarchen von Friedolf…ていうかいつのまにかイドルフリードさんじゃなくなってたのね。ですが
後述の
『奈落の底へ堕ちる……』
で落ちたのはMarz。通称メル。

ここまでで、(1)メルヘン氏=メルという仮説が建ちます。
ちなみに情景を整理すると【Marchenが井戸の底から神を呪いながら歌っている】


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『盲いた闇で彼が 光だと思っていたのは 誤りで 』

3曲目で判りますが、Marzは盲目です。つまりここでの彼=メル。三人称です。
(1)を変形させて
(2)Marchen≒Marz、メルヘン氏は元はメルであったかもしれない。
にしておきます。
ここ一連の歌詞は3曲目の内容を追っていますね。


『初めての友達は 蒼い瞳の可愛い女の子』
この女の子は、おそらく2曲目に出てくるElisabeth、ドイツ語ではエリーザベトと読むそうです。
恋等、「この狭い鳥籠の中で」と通じるものがあるので、
この部分の歌詞は2曲目の内容を歌っているのかと。


『花に水をやるように~』は、額面通りには捉えられるのですが、それ以上浮かばないので保留

歌詞に入っていない drei、zwei、eins は、ドイツ語の 3.2.1
→次に出てくる歌詞部分を足せば、前半パートが3曲目→2曲目→1曲目であることが判明。

そしてその1曲目に当たるのは
『見下ろせば昏い大地 揺らめく紅い焔尾
母の瞳に抱かれながら 奈落の底へ堕ちる』

PVからも判るように、メルは窓から井戸の底へと、火に焼かれた人形と共に、母親の目の前で突き落とされます(3)。

ここまでの部分を仮に<パートA>とします。

-------------------------------------------------

さて、ここから、Marchen氏と人形?エリーゼの掛け合いになります。

(余談ですが、しかし彼、ポストカードではイドの肖像ってなってるのよね。まぁ保留(4)
それとエリーゼはポストカードに、かつて人形であった少女とあるから、2曲目でエリーザベトがメルに渡した人形だと思う(5))

『寂れた村、まるで墓場だ』
『エリーゼ、童話は、何刻だって墓場から始まるものさ』(耳コピ)
PVとブックレットから、二人は井戸の中から話しています。
周りには十字架、そういえば、PVでは塔と井戸の周りに家っぽいのがあって、二人は人知れず住んでいたのだから、親子が住んでいたのは、森の中の廃村…?(6)

二人は掛け合います。
『<何故 コノ村ニハ 今 誰モイナイノ?)(──其れは 昔 皆 死んじゃったからさ>
<ジャ...何故 昔 村人 皆 死ンジャッタノ?)(──其れは 黒き 死の 病 のせいさ>』

「黒き死の病」の病とはペストのこと。つまり、舞台はペストで滅んだ村ということがわかります(7)

『<ジャ...何故 ソノ森ノ 村ニ 母子ハイタノ?)(──其れは 或の【イド】が 呼んだからさ>
<ジャ...何故 【イド】ハ 何ノ為ニ 人ヲ呼ブノ?) (──其れこそが 奴の本能だからさ>』

キーワード「イド」出現。ですが、「イド」がまだ何なのか判らないので保留。

ちなみにこの後の歌詞から、ペストはまだなくなっていないことがわかります。
ペストがドイツに広まったのは1349年、ヨーロッパ全土で14世紀末まで3回の大流行と多くの小流行を繰り返し猛威を振るっていたことから、根絶には程遠かったことが伺えます。
と、同時に、物語の舞台は14世紀であることも判明。

『生命の目的は 生きる事と増える事
殺セと、侵セと、イドは唄う』

「殺せ」と「侵せ」は、井戸の中から聞こえるように歌詞カードにありますね。
ん? イドって、井戸に住み着いてる(取り付いてる?)の?(8)
何に対して言ってるかといえば、次の歌詞からすると、ペスト(菌)に対してのようですね。

『増え過ぎても、結局宿主を殺してしまうのね。』
『人と大地の関係と同じさ。さぁ、物語を続けようか』
……ニュアンスはわかるけど、なかなかに皮肉な歌詞です陛下(苦笑
「増えすぎて」はペスト、「宿主」は人間のことでしょう。

『さぁ、物語を続けようか』
で、シーンが切り替わります。

ここまでが<パートB>になります。



--------------------------------------------------------------------



『【仄昏き宵闇の森】』に舞台は映ります。

CDの音声では、胡散臭げ(CV飛田)な男性の声が聞こえます。
『男1「おい、ハンス。本当にこっちで良いのかぁ?」
男2「さぁな、俺だって知るかよ…」
男1「ったくよぉ…、気味の悪い森だぜぇ…」
男2「トゥー!あの餓鬼、噂のトゥーリンゲンの魔女の餓鬼じゃねぇか?!」
男1「ひょー!こいつぁツいてるぜ!」
男2「な!」                             』

男達は、何の目的でかはわかりませんが、メルの母親=テレーゼを探しているようです。(9)

『世界の作為など 世間の悪意など 何ひとつ触れぬまま育ったから 』
ひっそりと森の中で母親と暮らしていたであろうメルは、男達の悪意に気づかず、
次の歌詞にあるように、男達を母親の元へと案内してしまいます。

そして、母親の元へ帰った後、『「ご苦労さん!」』と、PVからすると男に窓の外へ蹴落とされてしまいます。
その様子は上記(3)よりわかります。
一方母親の方は、
『「Therese von Luetwing、落ちてもランドフランク(?)の血筋、貴様の醜い頭、二度と胴体の上には君臨出来ぬものと思え!」』
と、男達と乱闘になりますが、最終的にはつかまってしまいます。(10)

ここまでが、少年メルに起こった出来事。(3)の詳しい内容ですね。
<パートC>とします。


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とりあえず、またここまで。

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【2010/06/18 00:12】 | 楽曲考察
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ケータイより

レポってないし、ウルジャン感想も載せてないし、ニュースも載せてない……
明日一気にやるよてい
PCとブログの相性悪すぎ!!
それでもヤプログよりは相性いいのですが……
早くPC買い換えたい。

で。
ある方の考察で「中世フランスでは堕胎は死罪なのに、なぜ賢者は「生むべきか生まざるべきか」という選択を突きつけてるのか」
ということを書いてらっしゃる方がいて、
それにたいして思いついたことを。


注目したのは「君が来た朝を後悔するなら更なる痛みを生むべきではない、君が行く夜を肯定するならその子もまた生を愛するだろう(Roman 黄昏の賢者 より)」という歌詞

前提として、クロエは、11文字の伝言からすると、自分の命と引き換えに子供を生んだと思われます。

で、「君が来た朝を後悔する」、朝とはRomanの中では"生"。つまり、「生まれたことを後悔する」ということ。
「生まれたことを後悔するなら、更なる痛みを生むべきではない」
更なるということは、クロエ自身が痛みを経験しているということ。
つまり、同じ後悔をさせてはいけないということ。
誰が後悔するのか。生まれてきた子供だ。
何に後悔するのか。母親の灯を奪ってこの世に生まれたことだ。

つまり、クロエ自身が、母親の命を奪ってこの世に生まれた存在だということなのです。

なので、「君が来た朝を後悔するなら更なる痛みを生むべきではない」は
「君が母親の命を奪って生まれてきたことを後悔するならば、子供に同じ思いをさせるべきではない」

逆に「君が行く夜を肯定するなら、その子もまた生を愛するだろう」=「君が自分の命を落としてでも子供を生むのならば、自分の母親と同じ道を行く決心をするならば、君の子も生を愛し、生きてくれることだろう」ということなのでしょう。

つまり、ここにおいて、自分が死ぬことというのはクロエにとってあまり重要ではなく、「生むべきか生まざるべきか」は、自分の人生を肯定するか否定するかという二択なのではないでしょうか。

【2008/07/23 00:25】 | 楽曲考察
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卒論がやになると頭がすぐ現実逃避始めます。
だめな子

そんなこといいながら、ふとRomanに関してずっと思っていた印象


なぜ右手に死を、左手に生をなのか


私の前ジャンル(夜麻みゆき)の影響だと思うんですが
私の中では、右が生、左が死 でデフォなんですよね。
ちょっとググル先生に質問してみたら、やっぱり割りと「右がプラス、左がマイナス」的なものが多いんですよね。世の中。
まぁ、死をマイナスと取るのは安直な気もしますが。

なので仮説1)あえて死=マイナスのイメージを払拭するため

ブックレットの開きの関係かな、と思わないでもなかったのですが、
あの陛下がそんな単純な理由だけで左手に生にするわけではないのでこれは除外。

次に考えたのが、方向の問題。
朝と夜の狭間を黄昏と見立てた場合、空としては「月は東に日は西に」の状態になくてはいけないわけですよね。
地図では「上を北と見るので右は東」であることが基本なので、
死=夜=月=東=右ということが証明できる。

仮説2)朝と夜の狭間にイヴェールが存在しているため

……だめだ、書き方が完全にレポートの影響受けているぞ!!(苦笑
と、まぁそんなところです。

考察したいことはたくさんあるんだよね、SHって。
次は……「うそつきは誰」について語ってみようかしら?

では、またまた卒論がんばるぞ!

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【2007/12/10 14:43】 | 楽曲考察
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