オタク娘ヒガハラによる『幻想楽団 Sound Horizon』の話題がメインなブログ。 他、谷山浩子さんや漫画の話なども少々。
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ケータイより

レポってないし、ウルジャン感想も載せてないし、ニュースも載せてない……
明日一気にやるよてい
PCとブログの相性悪すぎ!!
それでもヤプログよりは相性いいのですが……
早くPC買い換えたい。

で。
ある方の考察で「中世フランスでは堕胎は死罪なのに、なぜ賢者は「生むべきか生まざるべきか」という選択を突きつけてるのか」
ということを書いてらっしゃる方がいて、
それにたいして思いついたことを。


注目したのは「君が来た朝を後悔するなら更なる痛みを生むべきではない、君が行く夜を肯定するならその子もまた生を愛するだろう(Roman 黄昏の賢者 より)」という歌詞

前提として、クロエは、11文字の伝言からすると、自分の命と引き換えに子供を生んだと思われます。

で、「君が来た朝を後悔する」、朝とはRomanの中では"生"。つまり、「生まれたことを後悔する」ということ。
「生まれたことを後悔するなら、更なる痛みを生むべきではない」
更なるということは、クロエ自身が痛みを経験しているということ。
つまり、同じ後悔をさせてはいけないということ。
誰が後悔するのか。生まれてきた子供だ。
何に後悔するのか。母親の灯を奪ってこの世に生まれたことだ。

つまり、クロエ自身が、母親の命を奪ってこの世に生まれた存在だということなのです。

なので、「君が来た朝を後悔するなら更なる痛みを生むべきではない」は
「君が母親の命を奪って生まれてきたことを後悔するならば、子供に同じ思いをさせるべきではない」

逆に「君が行く夜を肯定するなら、その子もまた生を愛するだろう」=「君が自分の命を落としてでも子供を生むのならば、自分の母親と同じ道を行く決心をするならば、君の子も生を愛し、生きてくれることだろう」ということなのでしょう。

つまり、ここにおいて、自分が死ぬことというのはクロエにとってあまり重要ではなく、「生むべきか生まざるべきか」は、自分の人生を肯定するか否定するかという二択なのではないでしょうか。
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【2008/07/23 00:25】 | 楽曲考察
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